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雨が降っていた。


多少の危険はあるがいつものこと。
ボクはバイクにまたがり、いつもと同じ時間に同じ道を会社に向けて走り出した。


そこまでは順調に走っていた。


あのときエレベーターに乗り遅れていなければ・・・
あのときコーヒーをおかわりしなければ・・・


そんなことばかり考えてしまう。

偶然だったのか、それとも必然? 運命? どうあがいても逃れることはできなかったのだろうか。


気づいたときには目の前に赤いテールランプが光っていた。
それはあまりにも近く、そして突然すぎた。


濡れた路面、急ブレーキ。


フロントタイヤはあっさりとグリップを失い、ボクの体は路上に叩きつけられた。



どのくらいの時間が経ったのだろう。
ぴくりとも動かない左腕には手首を中心に包帯がぐるぐると巻かれ、あちこち痛む体は起こすこともままならない。


(写真はイメージ)


「今夜も行こうと思っていたのに・・・」


拳が入るぐらいの大きな口をあんぐりと開けて待っているランカーを前にして為すすべもないどころか、秋のランカーシーズンをきっと棒に振ってしまった自分の不注意を深く悔んだ。


こんな大きな代償を払うことになろうとは。
でもその時、その場所にランカーは確かにいた。

その確かな手応えは前夜にさかのぼる・・・。



・・・




夜。


仕事を21時に終えたボクは、深夜0時のキャバクラ集合を前に時間をもてあましていた。


「釣りにでも行くか」


時は下げ。今は激流。ポイントまで30分・・・・・・じゅうぶん間に合う。


仕事場に置いてあるセット済みのロッドといくつかのお気に入りルアーを持って、近くに止めてあるボートに乗り込んだ。


疾走するボート。

軽い北風が川の流れを後押ししている。
心地よい夜。

ボクがシーバスを始めたばかりの頃、こうやってボートで釣りに行くことを痛いほど夢に見ていた。
たびたび放映される京浜運河あたりのボートシーバスのテレビを観ては、「いつか必ず手に入れてやる」と拳を握りしめたものだった。
目標はできるだけ明確にイメージする。
そして手に入れるためにはどうすればいいかをその目標の側から逆に考える。
あとは順を追って実行すればいい。

だからボクの部屋にはぺたぺたといろんな写真が貼ってある。
夢と欲望に満ちあふれた部屋だが、目標をぶらさないためにはこれがいちばんいい。


そんなことを考えているうちにあっさりポイントに到着した。

川はいい具合に流れている。
常夜灯が明るく輝く橋の、光と影が産み出す食物連鎖のハーモニー。

今夜は徹底的に流れ落ちる小魚を演出してみるつもりだ。

僕らの使っているルアーはしょせん木やプラスチックの固まりにすぎない。
それにいかに魂を吹き込むか、どんな芝居をさせるかで釣果は決まる。
芝居のうまいやつはどこに行っても成功する。
それがたとえ仕事であろうとも。


今日は堅めのタックルを持ってきていた。
メガバスのF3-610XSにステラ2500。そしてラインはシーバスPE。
当時村岡昌憲氏が好んで使っていた組み合わせだ。
彼とそっくり同じタックルで彼から教わった明暗部の釣りに真っ向から挑んでみたい。
そんな気分の夜だった。

強い川の流れ。
あの明暗の境でターンさせるためには少々アップ気味に投げないとならない。

彼は言った。

「うまい奴はターンのポイントを1メートル刻みで変えられるんだよ。」

イメージする。

あの明暗部にはきっと大物があんぐり口を開けて落ちてくるベイトを待っているはずだ。


数投に一度はバイトがある。
数投に一度はヒットしてくる。

40cmから60cmぐらいまで。型はまちまち。
いつもの川のいつもの釣れっぷり。

このまま満足して帰ってもいいかな。

そのぐらいは釣れていた。
数にして7,8本ぐらい。

時間もそろそろ、ない。

そのころ、川の流れが緩んできた。
明らかにわかるぐらいにトロくなってきた。

コースが変わる。

そんな時だった。

まるで何か根がかったかのような重い感触。

「ん?」

泳がない。けど重い。そんなファーストコンタクトだった。

巻いてみる。。。寄ってくる。
ぐりぐり巻いてみる。

その時「奴」が首を振った。

「デカい!」

そう直感してボクの体に緊張が走った。
でも「奴」はボクの意に反してこっちに寄ってくる。
流れに頭を向けて斜めにこちらに移動してくるようだ。

ぐりぐり巻く。

ぜんぜんかっこよくない。
やり取りの「や」の字もない。

そのぐらい簡単に寄ってきた。

ぐりぐりぐりぐり
ぐりぐりぐりぐり

と、巻きすぎた。

「奴」は船の下を通過した。

「まずい!」

そう判断したボクはロッドを水中に深く突っ込み、「奴」の動きを止めにかかった。

そのときから「奴」の猛反撃が始まった。

流れに乗って下る下る。

「いったいいつ止まるんだ?」

心配になるまで下っていく。

幸い、障害物は何もない。ほかに船もいない。
ある程度テンションを掛けながら丁寧なポンピングで距離を詰めていった。

どのぐらいやり取りしていたんだろう。

船縁で横たわる「奴」の姿を見たとき、その大きさに頬がゆるんだ。

ランカー。

2年前の冬、三崎の地磯に通い詰め、やっと手にした80up以来の大型の個体がいまここに横たわっている。

あとはネットを差し出し、やさしく包み込むようにキャッチした。

計測の結果は83cm。
秤は用意していなかったが、その重量感と美しい体にしばし見とれた。
2cmの更新。

すべて自力で手にした気分。
とても嬉しかった。

雄叫び、聞こえたかな。

あとは撮影し、リリースを。

また2cmでいいや。少し大きくなってボクのもとに戻ってきておくれ。
10回繰り返せばメーターを超える。

川を見ると潮止まり。
流れもぴったり止んで、どんよりした川面に合鴨が遊んでいた。

時計を見ると23:30。
ヤバ、待ち合わせの時間だ。

ボクは潔くそのポイントを後にした。

翌日に払うことになる代償のことなど知るよしもなく・・・。

・・・


いまボクは川のそばの静かな部屋の中、右腕1本でこの釣行記をタイプしている。
未だ動かない左腕はしくしくと疼きを伴い、優しい看護婦に吊ってもらった三角巾の中で、静かに出撃の時を待っている。

復活の日はいつになることやらさっぱり想像もつかないが、必ずや完治し、次なるランカーを狙って出撃したいと思っている。

・・・



この釣行記を、ボクにロッドを譲ってくれたふ〜じと、川の釣りを教えてくれたまさっちに捧げます。




2003年11月 記




 





 
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